NPO法人 日本アレルギー友の会

アトピー性皮膚炎体験記:「自分らしく輝くために」~20年かけて出した私の答え~ 

2015年1月10日

「自分らしく輝くために」~20年かけて出した私の答え~

SI(42歳)

脱ステロイドにより死の恐怖まで味わったSIさん。そこから抜け出すまでの道のりと現在の思いを書いていただきました。

●医療に対する諦めから「脱ステ」へ

 「この子は肌が弱いですね」、新生児健診で母はそう言われたそうです。幼い頃から皮膚科通いだった私は、かゆみで辛い日が多かったものの、処方されるステロイド軟膏を毎日塗りさえすれば普通の生活を送れていました。

 ところが20代の始め、友人に自然派化粧品を紹介され「ステロイドは体に悪い。根本的にアトピーを治すには薬をやめたほうが良い」と勧められたことをきっかけに、「脱ステ」に踏み切りました。長年通院していたのに治る気配がなく、「一生アトピーと闘わなくてはいけないのか」と医療に対して不信と諦めの気持ちが積もっていたこともあり、「脱ステ」に希望を見てしまったのです。その頃、ある報道番組によるステロイドバッシングが話題になっており、気持ちに拍車がかかりました。

●死の恐怖

 その結果、私の体はドロドロ・グチャグチャ、まるで「風の谷のナウシカ」に出てくる「巨神兵」のようになってしまいました。強烈なかゆみでじっとしていることも辛いのに、かき壊した皮膚の痛みでまともに動くこともできません。仕方なくトイレに行く時だけ皮膚がこれ以上裂けないように全身を屈めながらやっとの思いで歩きました。横になる時も同じです。体をゆるめると大きな関節や胴体の傷が開いて痛いので、全身を曲げる姿勢をとっていました。その布団は滲出液でグッチョリになります。まつ毛や眉毛なんてありません。髪も引っ張るとおもしろいように抜ける状態でした。体温調節もできなくなり、滲出液はとても嫌なにおいで、このまま腐って死んでしまうのではないかという恐怖を何度も味わいました。

 自分を見たら生きている自信が持てず、次第に生活空間の明かりを消すようになり、鏡など自分の姿が映りそうなものは一切見ませんでした。呼吸をするだけで精一杯、肉の塊みたいで笑うことも泣くこともできず、気が狂いそうでした。それでも、友人には脱ステの常套句である「体内の毒を出し切れば治るから、もう少し頑張って!」と言われ、私も「これを辛抱して体質改善・アトピー完治ができるなら」と信じていました。

 今思うと、ある意味感情を殺して耐え、まともな精神状態ではなかったかもしれません。標準治療に出会って健康を回復した今になってみれば、「あの時、よく死ななかったな」と思います。

 あまりのひどさに「とりあえず軟膏を使ってみたら?」と勧めてくれる方もいましたが、当時の私にとってステロイドを使うことは、体をアトピーから限りなく「白」に近づけようと頑張っているところに「墨」を落とす感覚で、1ミリも受け入れることができなかったのです。

 脱ステ治療を求め、アトピーに良いと聞くことは馬鹿みたいに何でも試しました。でも結局、それだけではコントロールできず、仕事も心身も安定したまともな生活を送ることはできなかったのです。

●「脱ステ」に疑問を抱き始めた30代

 そんな状態で迎えた30代。今だから感謝できる良い出会いがありました。脱ステ治療をしたくて行った漢方医院で「漢方薬を飲みながら、ステロイドを使いませんか」と勧められたのです。その医院のドクター・スタッフは恐怖と不安でいっぱいの私に、長い時をかけて根気強く真剣に話をしてくださいました。そのおかげで、少しずつステロイドを使えるようになり、少し楽になりました。気持ちを受け止めてもらえたことは、私にとって大きな安心につながったと思います。でも、やっぱり根っこにステロイドを受け入れたくない気持ちが残っており、再び黒く染まってしまうような気がして「ステロイドは極力少量にして、すぐプロトピックや保湿に切り替えよう」と使いこなせず、症状をうまくコントロールできませんでした。まるでジキルとハイドのように良い時と悪い時の症状の変化が激しく、1年の半分の期間外出することができませんでした。

 何をやってもうまくいかないと、無意識に自分を責め、自信もなくなり、心がボロボロになっていきます。そのうちに「どうして私は脱ステにこだわっているんだろう? 薬は本当に悪いの?」と、偏った考えに囚われている自分の心に疑問を抱くようになっていきました。

 たくさんの葛藤がありました。私を心配し、かかわってくださる方たちとの対話のおかげで、次第に心が揺れ動き始めていきました。

 アトピーとともに社会で活躍をしている人、結婚・出産をしている人だってたくさんいる。世の中にはさまざまな病と闘い、薬を飲みながら1日の命に感謝をして精一杯生きている人たちがいる。その薬とステロイドの何が違うの? 薬は本当に毒? もしかして、間違っているのは私なのかなぁ?

●「脱ステ」にサヨナラ

 30代も後半になり辛い毎日の中で、心も体も疲れ果てていました。なにより「変わりたい、良くなりたい」と心の底から願っていました。そんな時、気付いたんです。「人生の中心がアトピーになっていたこと。アトピーのために生きていたこと」に…。「これからは、自分のために生きよう。自分の人生を生きよう!」。

 情けないですが、この時やっと「心のシフトチェンジ」をすることができました。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、清水の舞台から飛び下りるような気持ちで脱ステにサヨナラをしました。

 それから間もなくのことです。不思議なご縁で幸運にも標準治療と江藤先生を紹介していただき、私が新たな人生をスタートしたのは…。

●180度変わった日常生活

 江藤先生のおっしゃる通り処置をすると、2、3日でかゆみが治まり始め、肌がツルツルしてきました。それまで苦痛だったお風呂は快適で、受け付けなかった食事はおいしく、次第に体を伸ばすヨガも楽しめるようになりました。ひとことで言えば生活全体が楽になりました。症状の安定とともに、かなり落ちていた体力と体重も取り戻してきました。お化粧をしたり、着てみたかった服を着たり、念願のしたい髪型、カラーリングもコンディションを良くしていれば大丈夫です。以前は、顔や首に髪がへばりついて、その刺激が嫌だったので、いつもヘアバンドをつけオールバックにしていたんです。つくづく普通が当たり前じゃないことに気付かされました。

 今でも、季節や疲労で多少の波はありますが、以前のようなひどい悪化はありません。むしろ、脱ステ前より肌の調子が良いです。しかも嬉しいことに、「アトピーがあるなんて信じられない! 色素沈着もないしキレイ!」と言ってもらえるほど、良くなっています。先日、口紅を買いに行ったら店員さんに「お客様、お肌のコンディションばっちりですね」と言ってもらえました。

 標準治療という基本にのっとり、自分の症状に合った薬のランク・量・塗り方、スキンケアを継続することが大切だと身をもって知りました。やはり以前は使い方が悪かったんだと再認識しています。また、日々の治療を行うのは自分なので、お医者さん任せでなく自発的な心持ちが大切なのかなと感じます。

●アトピーを受け入れ、新しいステップへ

 振り返れば、ずっと「私は駄目な人間だ」、人として女性としての自信喪失、劣等感でいっぱいでした。アトピーの自分が大嫌いでした。でも、あれから約3年、今は以前より自分のことが好きになっています。アトピーとうまく付き合っていこう!とアトピーを受け入れています。

 正直、湿疹が出れば焦るし落ち込みます。それに毎日良いことばかりじゃないですしね。でも、最近はおかげさまで、アトピーで落ち込むことはあっても、アトピーで悩み苦しむことはなくなりました。いろいろな意味で「とりあえず、まっ、いいか!」と思うことができるようになってきて、これは私にとって大きな前進です。そう思い始めると楽しいことも増えてきました。

 恥ずかしながら私はこれまでの人生、人並みなことをしてこなかったので、自信はありません。ないけど、今まで、生きていることに精一杯でほかに何も考える余裕のなかった私が、新しいステップに進みたい!と願うようになりました。

●私の答え・そして願い…

 約20年もがいて出した私の答え、それが標準治療です。

 アトピーは本来、深く思い悩み、人生(生活)をかけて治療に取り組むような病ではありません。正しい治療を行えば、普通の生活を送ることができます。

 標準治療を知らなかった人、知っていたけれど怖くて踏み切れなかった人も、どうかアトピー治療を人生の目標にしないで、二度と戻らない限りある時間を、アトピーのために費やさないでほしいです。

 「今日、今を大切に幸せに生きる。そのための標準治療」ととらえ、スタートしてみませんか!

 これが、アトピーに翻弄された私の心からの願いです。

~あとがき~

 とても恥ずかしいですけれど、勇気を出してありのままを書きました。人生で輝ける時、過ぎた時間を取り戻すことはできません。悔しさもあります。だからこそ、これから二度と私のような思いをする人がいないよう、自分らしく!輝きながら標準治療を広げていきたいと思います。

 江藤先生、友の会の丸山事務局長、日々私を励まし支えてくださるみなさま、心から本当にありがとうございます。みなさまの健康と幸せを祈っております。