NPO法人 日本アレルギー友の会

つらい日々を乗り越え、母となって

2010年9月 8日

アトピーのつらさに泣くことしかできなかったWさんが結婚・出産を経て素敵なお母さんになるまでの体験談です。

(東京都 Y・Wさん / 女性 / 33才)

ある一言がきっかけで

「他人はそれ程君の顔を気にしてないよ。」今から十数年前、私がアトピーで一番つらい時にある友人からいわれた一言です。その頃の私は、必要以外の外出をほとんどせず、食べ過ぎたり食べなかったりの繰り返し。母親が心配して声を掛ければ掛けるほど、自分の身体に無性に腹が立って、頑なまでに自分の殻に閉じこもっていました。毎朝「今日はガーゼがくっついていませんように。」と祈るような気持ちで頬に貼ったガーゼを剥がす日々。1日1度も鏡を見ない日もありました。でもその暗い生活を変えるきっかけが、この友人の一言と、嫌々始まった社会人生活だったのです。

何とか社会人として独り立ち!?

初めての電車通勤。それも50分立ちっぱなし。会社に行ったらわからない事だらけ。初めての配属先は4月がとても忙しく、早く仕事を覚えないと置いてきぼりになりそうで、聞いた事は聞き逃すまいと必死でした。気づいたら、誰も私の顔の事なんて一言も言いませんし、いろいろ誘ってくれます。毎日会社と家の往復で精一杯だったはずが、数か月経って通勤にも慣れ、仕事も覚え、新しい友人ができいろんな楽しみを覚えてくると、私のアトピーは落ち着いていたのです。特に顔。毎日お化粧なんてとんでもないと思っていたのが、全然平気。流石にたくさんお酒を飲んだ翌日は顔に出ましたが、薬つけて1〜2日おとなしくすればすぐ復活。悪くなりそうなサイクルさえつかめればこっちのもの。スケジュール帳が埋まっていないと心配になるくらい毎日楽しく過ごしていました。無理のし過ぎはいけませんが、少しくらいの無理は必要ですね。

結婚と初めての出産

楽しかった会社も結婚して退職。専業主婦になりました。夫以外誰も知らない土地、駅までバスで40分以上かかるという東京とは名ばかりのド田舎に来てしまいました。通勤という肉体的疲労が無くなったので、顔も身体もアトピーはすっかり落ち着いていました。それが少し悪くなったのが、長女出産でした。

初めての妊娠、出産。つわりはあまりなく、アトピーも落ち着いていましたが、妊娠前期は毎晩ぜんそくで、眠れない日々が続きました。その上、「自分の子供はこんな体質にしたくない。」と甘味大好きの私が卵関係の食物断ちをしたので、いつもピリピリいらだっていました。出産後期もぜんそくで眠れず、妊娠によるむくみがひどくなり、卵抜きに加えて減塩食にもなったので毎日の食事が限られたものになってきました。でも無事出産。母乳もでて一安心。と思ったら、産後1か月くらいから、夜中のぜんそくも出始め、胸の周りがアトピーによるかゆみと、赤ちゃんにすわれる刺激で切れてただれてきました。それが半年続くと、寝不足と初めての育児によるストレスで、顔が赤く腫上がってしまったのです。これではもうだめだと思って、ミルクに切り替え、長女をベビーカーに乗せ毎日散歩するようにしたら、ずいぶん落ち着きました。散歩のおかげでたくさんの人と出会い、ド田舎生活がとても楽しくなってきました。子供の成長も日々楽しく、新しい友人に囲まれ生活に活気がでてくると、身体も落ち着くもので、ぜんそくもアトピーもすっかりよくなりました。

気にし過ぎは胎教によくないと実感

長女が1歳になり、自分の身体も落ち着いていたので、できるだけ早く第2子を欲しいと思っていた矢先に妊娠。なぜかラーメンがとても食べたくって毎日ラーメンばっかり食べていました。ラーメンは卵入っているんだよなぁ、とは思いましたが、ぜんそくもアトピーも症状変わりなし。むくみも全くなかったので、今回は食事制限を全くしませんでした。それなのに、妊娠中も出産後もとっても健康。お肌つやつや。母乳もよくでて、長女もいたためミルクを作る手間が面倒で、母乳で通しました。子供が2人になり、授乳のため夜も眠れず大変なはずだったのに、このときの方が身体も心もずっと楽だったのです。

第2子は男の子ですが、ぜんそくもアトピーも今のところありません。時折肌がカサカサしていたりする事はありますが、長引く事はありません。その上、男の子なのに丈夫で、今まで熱出したのも数えるほど。それに引き換え、長女は乳児期卵アレルギーがあり、3歳前後にはぜんそくが出てくるし、あせもはすぐとびひになってしまい、「あんなに妊娠中頑張ったのに、私と同じだぁ」と落ち込む事もありました。でも、近所の小児科医の適切な指導で、今まで発作らしい発作は1度きり。すぐ化膿してしまう体質も、年齢とともに落ち着いてきました。

今振りかえってみて思うこと

今思い返してみると、一番ひどかった時期は、「アトピーが消えるか、このままか。」の二者択一を毎日自問自答し、思い通りにならない事に苛立っていっそうひどくなる。の繰り返しでした。会社に入ってよくなった事、そして今、小さな症状はたくさんありますが、それほど落ちこまず毎日普通に生活できるのは、あの友人が言った一言が常に私の中にあるからです。もちろんきれいになりたい願望はあります。でも、ちょっと頬が赤いからって他人は気にしていないんです。気にしているのは自分だけ。それに気付くと、外へ出るのがとても楽しいものになるはずです。あと、もう一つ、子供達の成長をつけようと思って始めた私の10年日記が、子供達と私の体調の記録にもなっています。前年、前々年のところを見ると、やっぱり同じ時期に悪くなっていたりするので、年々予防ができるようになってきました。毎日3行程度だし2,3年前の事って結構忘れていたりするので、この日記はオススメです。夫婦喧嘩も毎年同じ時期に同じような原因で喧嘩しているのでおかしいですね。流石にこればっかりは予測して対処する事はできませんけどね。

友の会に入会し、丸山さんに泣いて電話した日からもう10年以上経ってしまいました。一番苦しい時に、話を聞いてくれた事がどれほど私のささくれ立った心を癒してくれたかわかりません。話を聞いてもらう、という事も元気になる大切な第一歩だと思います。もし今悩んでいる方がいたら、同じ痛みをわかり合える人にとにかく話をしてください。話したときは悲しいけれど、時間が経つときっと心が軽くなっているはずです。