NPO法人 日本アレルギー友の会

ぜんそく体験記:昔と今の私

2012年10月13日

最初はぜんそくを甘く見ていたと振り返る菅野さん。仕事でがんばりすぎ、発作を繰り返してどんどん悪化。それでもハンドネブライザーやステロイドを飲んで仕事をを続けていました。そうするうちにぜんそくも悪化し、ステロイド糖尿病も発症してしまいました。今の主治医に出会い、ぜんそくの治療、糖尿病の治療も変えて良くなっていくまでの体験談です。

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(東京都 菅野 祥 さん / 39歳女性) 

 

≪ぜんそくの始まり≫

「ぜんそくっぽい」と言われたのは社会人になってからです。風邪のあといつまでも痰と咳が止まらず、肺炎の疑いで色々な検査をしたけれども全く異常はなかったのです。前回と同じように花粉症のシーズンに体調を崩して、咳も痰も止まらないし何だか変と思い受診したところ、咳ぜんそくということでした。咳ぜんそくっていわれても、不思議な病気になったと思っていたのです。この時までは症状もほとんどなく、自分でもたいした病気ではないとおもっていました。

≪仕事で悪化≫

会社はほこりっぽく、事務所は一応禁煙なのですが、外階段が喫煙所代わり。空気の入れ替えや掃除のため外階段のドアを開ければ、煙が入ってくるという環境で働いていました。調子が悪くなれば会社の帰りにネブライザーをしにいくのが当たり前となっていたのです。

薬をいくつか使ってもあまりよくならず、調子を崩してばかりいる、私を心配してくださったドクターは総合病院へ紹介状を書いて下さったのです。総合病院へ移ってからは薬の種類も量も全く変わり、ピークフローメーターとぜんそく日記をつけるようになり調子を崩して予定外の受診をすることがたまにあるくらいでした。

≪大変なことがおきた??≫

東日本大地震関連で急に忙しくなった損害保険会社のお仕事が派遣で回ってきたのです。

大変だったのは通勤。オフィスは自宅から遠くて、地震の影響もあり毎日の通勤ラッシュがつらくなっていたのです。オフィスは異常にほこりっぽく、クレゾールのようなにおいまでしているのです。重たい書類をたくさん抱え、ほこりっぽくてクレゾールのにおいが満ちたところをたくさん歩きまわらなくてはいけないのです。派遣なので自分の評価が下がるのをすごく恐れていました。社員さんはもっと疲れているのだから、私なんかまだまだ大丈夫と無理を重ねていたのです。

≪認識が甘かった私≫

東日本大震災の後でしたから、毎日大量の保険金支払いの書類が届くので支払いを待っている人がたくさんいるが見えていたのです。点滴やネブライザー、経口ステロイドを使っていたらすごく楽になるので、そのことでもぜんそくという病気をどこか軽く見ていました。 一時的に楽になっているだけで、ぜんそくそのものはもっともっと悪くなっているとは考えませんでした。

≪隠れてメプチンを使っていた日々≫

朝からすごく調子が悪く、しゃべるのもつらくなってしまい、早退をして病院へ行ったのです。その日は私の主治医の診察日ではなかったので、別なドクターの診察日でした。とりあえず点滴をしてもらいました。ぜんそくの発作かどうかを見るためにまずプラセボの点滴をされ、その後にぜんそくの発作を抑える点滴をされました。まさかプラセボの点滴をされるなんて思ってもいませんでした。その時のドクターはぜんそくの発作だとは考えていたようですが、もしかするとパニック発作も一緒に起しているのではないかと考え、プラセボの点滴をしたのです。精神安定剤のデパスを出してくれて、メプチンを吸入しても効かなかったら飲んでみたらかなり良い効果があるはずと言われました。デパスを飲んでみたら眠くはなるし、仕事の能率は落ちてミスが増えて同じチームの仲間から山ほど文句を言われ続け、パニックになったこともありました。自分でも気持ちを落ちつけられる場所を探し、落ちつけてから仕事に戻っていました。ホントに泣きながら仕事をしていた時期でした。

≪ステロイド糖尿病になっちゃった≫

その後、主治医の診察日に血液検査をしてみたら、なんとステロイド糖尿病が発見されたのです。初回から1日3回のインスリンの自己注射と血糖値の測定でした。毎日泣きながら自己注射と血糖値の測定をしていました。ご飯もおいしくないし、休憩時間のおやつもがまんでした。ステロイド糖尿病になるまでリンデロンに頼って頑張りすぎたことが悔しいです。もっと早く主治医にでも相談すればよかったかなと思っています。

≪診断書で派遣先の理解が得られた?≫

総合病院のドクターからはパニック発作もあるからと先輩の病院へ紹介をされたのです。初回から私の話しをじっくりと時間をかけて聞いてくれて「派遣元へ大至急提出しなさい」と診断書を書いてくれたのです。診断書の内容は分かりませんが強烈な内容が書いてあったはずです。派遣元の健康管理室や営業担当者からは「お仕事をしていて大丈夫ですか?」と何度も聞かれました。そのおかげでチームの中でも割と軽い作業分担に回してもらうことができたのです。たまには書類を抱えてファイリングなどもしましたが最後の何日かはすごく楽なお仕事をさせていただきました。

座っていることがメインだったのでホント楽でした。派手な発作を起こすこともなく、安定するようになりました。時々発作を起こしてはメプチンやリンデロンを使い何とか最終日まで契約を満了することができました。

《新しい主治医》

今の主治医に変わり時間はすごくかかりました。食生活を見直していくことでステロイド糖尿もすごく良くなってきています。ほぼ正常値に近い値まで戻ってきました。ぜんそくだけではなくアレルギーや全身状態まで見てくださるドクターなのですごく助かっています。インスリンの自己注射も合計2ヶ月で終わり、内服に切り替えてから約1年で全部卒業することができました。

《自分の体験を生かして》

この経験・体験を生かすにはと思い、約10年ぶりに医療事務の勉強を再開しました。ステロイド糖尿になり、インスリンの自己注射をしていた私が普通の人と変わりない生活をできるようにしてくださったのです。

《新しい主治医に感謝》

今の私には、まだまだ出来ないこともありますが時間をかけて1つずつ増やして行きたいとおもっています。ホント今のドクターには感謝しています。地獄から救ってくださっただけではないのです。まだまだメンタルが落ち着かない私のために毎週のようにカウンセリングと副作用チェックを兼ねてメンタルサポートをしてくださっているのです。今回はいろいろなドクターにさんざんお世話になりました。ホント自分が生きているだけでも感謝しています。一番お世話になったクリニックのドクター、総合病院のドクターと今の主治医と周りの人々に感謝しています。アレルギーやぜんそくがあってもコントロールさえつけば、普通の人と同じように生活が出来ることを笑顔でいえるようになりました。これからはメンタルを出来るだけコントロールしてパニック発作を減らしていこうと思っています。